第159号 なぜ国民はいつも騙されるのか

 都議選が終わった。そう、マスコミの予想通りの結果だったのだ。これで、またまた歴史は繰り返され、いつものように時は流れていくだろう・・・。

 もちろん、一つの自治体の話ではあるが、国政選挙が同時に行われても、きっと同じような結果になったであろう。でもこれで本当によかったのだろうか?


 百合ねえは本当にうまいと思う。選挙の直前、ウルトラCを2つやったのだ。
 一つは、全国の注目を集めていた市場移転問題で、自民党が公約に掲げていた築地市場の豊洲への早期移転をこちらも決定し、自民党のお株を奪うことに成功。
 しかし、将来的に築地に市場を戻すことも同時に発表し、移転反対の人の票もごっそり奪うことにも同時に成功したのだ。

 もう一つは、自民党から除名されることを期待してなかなか離党しなかったのだが、自民党がこの問題を放置する作戦をとると、自民党の支持率がじりじり下がって来ると同時に自民党を離党し、都民ファーストの代表に就任。これで、自民党とは円満に離縁したのだ。

 あとは、いつものようにB層の投票行動を待てばよいのだ。

 ちなみにB層とは、ウェキペディアによると、今の時代を象徴するような愚民のことで、マスコミ報道に流されやすい『比較的』IQが低い人たちのことだ。

 いつの時代もB層が選挙を支配し、政治を動かしていることをご存じだろうか?

 2005年の郵政民営化選挙は小泉ライオンが支持率92%を得て大勝した。2009年には政権交代選挙があって民主党がこちらも大勝だ。

 そして、2012年の衆院選は、民主党に裏切られたと感づいた国民が今度は安倍ちゃんに乗っかって自民党が大勝した。

 いずれも、テレビを始めとしたマスコミが作り出した雰囲気にB層がまんまと騙されて乗った結果なのである。ちなみに、2014年の衆院選もアベノミクスが成功したという報道に乗せられて、またまたB層が自民党に投票したので圧勝だ。

 いったいいつになったら、B層の人たちは誰の影響も受けずに信念で投票するのだろうか?
 あれだけ民主党に期待した人たちが手のひら返して自民党に投票したのはさすがに私もショックだった。

 鳩山由紀夫政権ができたときの支持率は70%もあったのだが、最後は20%で終了。せめてユッキーも人間で終わりたかっただろうが、最後は宇宙人、宇宙人と後ろ指をさされていた。かわいそうに・・・。

 菅直人政権も最初は60%あって、最後は20%以下・・・。どんだけ、人の気持ちは変わるのだろうか?

 というか、マスコミに踊らされて政治をおかしくしていくのはB層であるということにいい加減気が付いてほしいのだ。

 B層が選挙を支配することが分かっていると、政治家もそれを利用しようとして政治をおかしくしてしまうのだ。

 よく、高齢者の投票率が異様に高いので、政党も高齢者向けの選挙公約ばかり並べ、結局高齢者は税金をほとんど納めないので、選挙後、社会保障費ばかりかさみ、国の借金が増え続けるという悪循環になっていることを指摘する有識者がいるが、まさにそれと同じ現象だ。

 つまり、B層が喜ぶような公約を並べたり、そういう手法を使えば、必ず圧勝できるのだ。

 それにしても、今回、百合ねえの政党「自分ファースト」もとい「都民ファースト」の候補者に投票した人は、郵政民営化選挙で小泉ライオン率いる自民党に投票し、4年後の政権交代選挙で民主党に投票し、民主党に裏切られた3年後の選挙で安倍ちゃん率いる自民党に投票し、アベノミクスで踊る次の選挙でも自民党に投票し、そして今回は、都議会選挙で都民ファーストに投票したのではないだろうか?

 最後だけ都民だけしか投票できない選挙だが、しかし、もしあなたがそういう投票行動をしたのだとすると、あなたはまさにB層なのだ。

 そういう人ほど、自分は違うと主張するのだ。

 自分は「経済政策がうまくいっているから」とか「○進党がひどいから他に選択肢がない」とか「外交ではそこそこうまくやっている」とか自分を納得されているようだが、結局はマスコミに踊らされているだけなのである。

 事実、マスコミは、日本経済はそこそこ好調だと報道しているが、実際は、ほとんどの国民が働く中小企業の給料は下がり続けているのだ。店という店は軒並みつぶれ、デパートも居酒屋もいつかなくなってしまうのではないかという現状を全く報道していない。

 たまーに、「老人の貧困」「中年の貧困」「子供の貧困」をNHKスペシャルあたりが報道するが、それもたまーにだ。


 B層の一番好きな言葉は何だかご存じだろうか?

 「改革」だ!

 この言葉を並べれば票になることは、すでに大政党ならよく知っているのだ。
 「ぶっ壊す」「大改革」「チェンジ」・・・。これで何度も人は騙され続けるのである。

 ついこの前までB層は次のように考えていたはずだ。

 「安倍ちゃんは拉致問題や靖国問題にもごまかさずに信念をもってやってきた。売国集団の民主党から政権を取り戻してくれた。安倍ちゃんおかげで株価は2倍になった。外交もうまくいっている。憲法はアメリカに押し付けられたものだから変えるのもいたしかたない。安倍ちゃんがダメだというやつは左翼に違いない。政策がダメだというなら対案を示せ。安倍ちゃんの手法は乱暴なところもあるが、中国や北朝鮮にも毅然とした態度を示しているから偉い」と。

 もちろんそう考えていることが悪いとは思わない。だったら、それを信念として自民党を応援し続けるかというと、B層は違う。

 最近のB層はだんだんこう考えているのだ。

 「安倍ちゃんも頑張っているけど、ちょっと我田引水がひどすぎる。森友も加計も何だかやりたい放題のようだ。これでは北のおぼっちゃま君を笑えない。それに、〝一億総活躍社会″って結局は高齢者に年金を払いたくないから死ぬまで働けってことだし、〝女性活躍"はいいことだと思うけど、「このハゲー」「バカ―」って叫んだり、自衛隊を我が物顔で動かそうとするようなおばちゃんにはなってもらいたくないな」って。

 もし今、総選挙があったら「安倍ちゃんにもちょっとお灸をすえてやろう」という投票行動をするだろう。それがB層の宿命なのだ。


 そして、それを利用する政党が現れ、空気に流されるB層を、マーケティング的な手法で誘導し、徹底的にメディア対策を行い、大多数を占める大衆にウケるようなことをやる。
 それに対して、B層は一貫して永遠に騙され続けていく・・・。悲しい。


 そろそろ騙されるのを辞めませんか?それか、選挙に行くのを辞めてもらえませんか?

 いや、もちろんあなたのことではない。
 私がそう言いたいのは、<2005自民・2009民主・2012自民・2014自民・2017都民ファースト>に投票したB層の人たちにである。

 そう考えると、K産党やK明党の支持者は偉い。絶対に曲がらないから。

 そうだ、これからは「特に支持政党はないわ」とか「僕はリベラルだ」なんてうそぶいている人は信用しないことにしよう・・・。そういう人こそいつでも信念を曲げてあっちこっちに行く、「改革」という言葉が大好きなB層なのだから・・・。

特定非営利活動法人国際ボランティア事業団 理事長
田園調布学園大学 講師 福島 達也
(平成29年7月)

第158号 ふるさと納税って誰のふるさと?

 あなたもふるさと納税しました?

 ふるさと納税は、応援したい自治体に寄付することで、自分が住んでいる自治体の住民税などが軽減される制度で、2008年にスタートし今年で10年を迎えたのだが、返礼品の競争が激しくなり、調達額が寄付額の7割を超える自治体が出てくるなど、納税競争という名の税金泥棒レースが繰り広げられているのだ。

 納税する側も、税の控除や還付により実質的に2千円の負担で、返礼品が寄付先の自治体から届くわけで、利用者も急増している。

 2015年度の寄付額は1653億円と2014年度の4倍以上になったのだが、2016年度の寄付額は何とビックリ3000億円程度に膨れ上がっているのだ。たった2年でなんと8倍以上というのだから、ものすごい勢いで増えているのがわかる。

 だから、全国の自治体もこの競争レースに負けまいと、返礼品を豪華にして、寄付の獲得競争を過熱させているのだが、最近では、当初から転売目的で返礼品をもらい、商品券や家電、時計などが転売されるケースも相当あるという。

 千葉県大多喜町は1万円を寄付すると商品券7千円分がもらえる仕組みになっており、2015年度の寄付額は前年度の40倍近い約18億円を集めたというのだから、盗人猛々しい(笑)

 だって、寄付者は実質2千円を払って7千円をもらうのだから、こういうのを税金泥棒と言わずに誰を泥棒というのだろうか?

 商品券だけではない。高級牛肉をはじめとする特産品や、立地する工場で作られるテレビやパソコン、そしてそれを商売にしているネット関連サイトはさながら通販の様相だ。

 このように、返礼品ばかりが注目されるようでは、本来の目的からはずれ、寄付のあり方や税制をゆがめるばかりだ。

 集める自治体も情けない。そのお金で街を活性化するどころか、返礼品を豪華にして、税金を他の自治体から奪い取ることばかり考えているのだ。

 安倍ちゃんが地方創生の目玉として制度を拡充したのが事の発端だが、返礼品競争を誰が想像しただろうか?

 私が一番問題にしたいのは、見返りがあるところに寄付をするという習慣を市民に身につけさせてしまうことだ。これは恐ろしいことなのだ。

 本来の寄付とは、見返りを求めてするものではない。というよりも、見返りができるような慈善事業団体や社会貢献団体なんてあるはずはないのだ。そんな余裕がないほど、公益活動に没頭しているところがほとんどなのである。

 だから、ふるさと納税が浸透するにつれ、見返りがないか乏しい民間団体への寄付がばかばかしくなってくるような気がするのだ。これは怖い。

 さらに、高所得者ほど限度額も膨らみ、多くの返礼品が得られるため、本来の税金の趣旨である「富裕層から貧しいものへ」という所得再分配を妨げているのだ。そんな当たり前のことが、なぜ自治体はわからないのだろうか?不思議だ。

 そんな中、見返りのない公益活動をする民間団体も新しい寄付の取り組みにチャレンジしている。

 例えば、急速に広がるネットを使った資金集めの「クラウドファンディング」がその良い例だろう。具体的な事業の目的や内容を示した上でお金を募るのがこのシステムの原則だが、素晴らしい活動には瞬く間にお金が集まり、そうでない魅力のない団体にはまったくお金が集まらないので、集める側も努力をしてしのぎを削っているのだ。
 これが本来の寄付集めの姿だろう。

 それなのに自治体は、地元の農林漁業や商工業をどのように活性化するのか、そういう当たり前のことも示さずに返礼品にだけ知恵を絞っているありさまだ。まずは行政としての取り組みを示すのが筋ではないだろうか。

 そこでさすがに、過度な返礼の自粛を求めてきた総務省はこの春、改善策として、ふるさと納税の返礼品について、一定の基準を公表した。自治体が贈る返礼品の調達額を、寄付額の3割以下とする目安が初めて示されたのだ。さらに、税金泥棒と悪評高い、商品券や家電、貴金属、電子マネー・ポイントなどは全廃するよう求めている。

 やっと、これで寄付というものが正常化されるだろう。一安心だ!
 ただ、この基準には強制力がないため、総務省を無視して、豪華な返礼品を続ける自治体もあるかもしれない。それも心配だ・・・ 政府も厳しく監視してほしいと思う。

 さて、最後になぜこのネーミングは「ふるさと納税」なのだろうか?
 ふるさと納税はそもそも、その人の出身地やゆかりの自治体を応援するという趣旨だったはずだ。だから「ふるさと納税」なのだ。

 それが今や、行ったこともないし、見たこともない自治体を見返りだけを求めて寄付をするという、本来の趣旨とは全く違うものになってしまっているのだ。

 人口流出と税収減に苦しむ地方にとっては、貴重な収入源になっているのはわかるが、税収が減る自治体のことも考えて、やはり自分や家族の居住や勤労の実態のあるところに限って許可するのが良いのではないかと思う。そうすればまさに「ふるさと」だ。

 もし、そうしないのであれば、まずは「ふるさと納税」という名前を変えるべきだ!

 私だったら「地元いじめ納税」か「返礼お楽しみ納税」が良いと思うが、そんな名前にしてもあなたは納税できるだろうか?

 何の後ろめたい気持ちもしないでふるさと納税する人にとっては、焼け石に水だろうか・・・

特定非営利活動法人国際ボランティア事業団 理事長
田園調布学園大学 講師 福島 達也
(平成29年6月)

第157号 こども保険って生命保険のことじゃないの?

 自民党の小泉進次郎衆議院議員らの若手議員が作る「2020年以降の経済財政構想小委員会」が、保育や幼児教育を実質的に無償にするための「こども保険」創設の構想を発表した。

 「こども保険」と聞くと、思い出すのは、子供が生まれた時、けがや病気はもちろんだが、主には小学校や高校の入学時の一時的な出費時にお金が戻ってくる、生命保険会社や郵便局で加入したあの「こども保険」を思い出すのは私だけではないだろう・・・。
 なので、名前が悪いのか、いまいち世間に広がっていないような気がするが、簡単いうとこれは、社会保険の使い道を高齢者ではなく、子供にも広げようというものなのだ。

 そう聞くと、なるほど、高齢者ばかり厚遇しても経済はますます停滞してしまうが、未来に活躍する子供や子育てに対して手厚い支援をするというのは悪くないなあ・・・と思うだろう。

 仕組みは簡単だ。こども保険は、厚生年金及び国民年金の保険料に0.1%上乗せし、当初3,400億円を確保して、未就学の児童への手当てとして月5,000円の支給を可能とし、いずれは上乗せ料率を0.5%として1兆7,000億円確保して、一人当たり月25,000円を支給する構想だ。

 ということになると、当初の0.1%上乗せの段階で、厚生年金の場合で30代の年収400万円程度の世帯では月240円、自営業者が加入する国民年金の保険料では月160円程度が加算されることになるという。
 まあ、コーヒー1杯分の出費で、少子化に歯止めがかかるのであればしょうがないかあ・・・と思わせる金額だ。さすがだ。

 だが、そういう善意の人たちばかりではないだろう。
 こども保険構想に対する、直感的な反発は、おそらく「子供がいない人も費用を負担するのか」というものではないだろうか。
 現時点でも、結婚しない人や子供を作らない人がどんどん増え、もうすぐ半分くらいの人は子供を一生作らない社会になるだろう。
 そうなると、半分くらいに人は、自分の子どものためではなく、隣の家の子どものために、自分の社会保険が増える・・ということになるのだ。
 今までの社会保険は、自分が将来、年金をもらうためや病気になった時のためにしょうがなく払っていただろう。だから、きっと反発する人たちが出てくるかもしれない。

 しかし、イケメン進次郎君の力説によると違うらしい。
 将来の社会を支える子供に対して、子育ての費用や、追加的な教育の費用を、国が支援することは、少子化に対する対策にもなるし、女性が働きやすくなることにもプラスだ。だから、どんどん子供が増えて、あなたがお年寄りになっても、支えてくれる人がたくさんいたら、年金もきっともらい続けられますよ!てな論調だ。

 なるほど、そう聞くとどうだろう。思わず納得してしまいそうだ。

 しかし、社会保険を納めている、おおよそ20歳から60歳の世代に負担が集中することも問題だ。特に、若い世代は、奨学金も返せずに自己破産する人が急増し、ますます貧困者が増え続け、さらに給与所得がなかなか伸びない中で、彼らに一律の負担を求めるのはちょっと気の毒だ。
 「高齢者に偏りがちな社会保険に子ども向けの保険を加えてバランスを取る狙いもある」と朝日新聞は記事にするが、支出対象が子どもであっても、その親世代から一律にお金を取るのでは、バランスはなかなか取れない。しかも、今の若者は結婚しない又はできない傾向にあるというのに・・・。

 私は趣旨は良いと思う。子供が増える環境を作ることは絶対に必要だ。何度もこのコラムで書いてきたように、将来年金がほとんどもらえなくなるのは確実だろうから、それを何とかしようと立ち上がったのは評価したい。
 次の選挙のための投票率の高い高齢者対策で給付金を配る・・・というようなものではなく、選挙の足しにもならないだろうが、将来の日本のことを真剣に考えていることも評価したい。

 しかし、かつての民主党の「子ども手当」のように、ほんの瞬間的に終わったりしないかそれが一番心配だ。
 やっぱり高齢者は投票してくれるとか、年金が足りなくなったとかを理由に、5000円の支給が25000円に増えるどころか、2500円に減ったりしないだろうか?
 そうならないための約束もどこかでしてもらいたいものだ。そうでないと絶対にダメ!

 何でかって??

 だって、あなた、結婚する時の約束、今でも守ってます??
 私の友人のO君なんて、毎日出かけるときにチューするという約束を1年もたたずに守らなくなったし、N君の奥さんなんて、給料が増えたらお小遣い上げてあげるねって当初言ってたのに、今では3万円だったお小遣いが2万円だ!!

 「気をつけよう、甘い言葉と給付金」だ!

特定非営利活動法人国際ボランティア事業団 理事長
田園調布学園大学 講師 福島 達也
(平成29年5月)

第156号 アリとキリギリスの話できるの?

 イソップ物語で有名な「アリとキリギリス」の話をご存じだろうか?
 知らない人がいたらビックリするほど有名な話で、夏の間、アリたちは冬の食料を蓄えるために働き続け、キリギリスはバイオリンを弾き、歌を歌って過ごす。やがて冬が来て、キリギリスは食べ物を探すが見つからず、最後にアリたちに乞い、食べ物を分けてもらおうとするが、アリは「夏には歌っていたんだから、冬には踊ったらどうだい?」と食べ物を分けることを拒否し、キリギリスは飢え死んでしまう。
 まあ、結末が違う話もあるようだが、ここでの教訓は、「遊んでばかりいたら、そのうち困りますよ」ということで、小さな子供に「遊んでばかりいないで勉強しなさい」というときによく用いるたとえ話でもあるのだが・・・。

 さて、大人たちよ、あなた方はこの話を子どもたちにできるのですか??

 戦後、高度経済成長を支えてきたのは、政治家でも経済学者でもない、間違いなく現場で働くサラリーマンたちだった。
 「モーレツ社員」「企業戦士」などとも言われる時代だったが、会社のため、家族のため、そして日本のためにとにかくお父さんは働いたのだ。
 そういう大人たちのおかげで日本は瞬く間に復興し、経済では最も優れた国として君臨した時代もあった。
 昭和22年に労働基準法が制定され、週6日勤務で原則週48時間が当たり前の時代が長く続き、そのおかげで経済が活性化し、子供もどんどん生まれ、若者からお年寄りまですべての人が希望に満ち溢れ、日本に日が沈むことはないと思われていたのに・・・。

 それがどうだろう・・。

 昭和63年に週40時間制が始まるや否や、逆に、働くことは悪いことにように言われるようになってきたのだ。
 2015年の1世帯当たりの平均所得は541万円だが、生活が「苦しい」と感じる割合は60%を超え過去最高となっているのだ。
 そう、日本がどんどん貧しくなっていくのだ。
 家計は瀕死の状態だ。日本の世帯平均所得は、週40時間制に戻した昭和63年と同じ水準だという。
 車も自動で動くような近代化した時代なのに、それぞれの家計は縄文時代のようである。

 なぜこういうことになったのか。いろんな人がいろんな意見を言っているが、私の結論はこうである。日本人が働かなくなったからだと。

   統計によると、日本人の1人当たり平均労働時間が急速に減少してきていることがわかる。米国、英国、イタリア、ニュージーランドよりも下だ。働かなくなったことが経済の失速につながったのではないか。なぜならそもそも働かないと付加価値を生み出せるはずもなく、寝ていたり遊んでいたりするだけでは何も生まれないからだ。

 ここ20年の間にIT技術などが進歩して、昔ほど働かなくてもよい環境が整ったという意見もあるだろう。しかし、働かなくなった分生産性がアップしたかといえばそうでもない。アップしていないことは90年代以降の日本の成長率の低さをみればわかる。

 働かなくなった。生産性も落ちた。これでは貧しくなるのも自業自得の話である。
 そう、「アリとキリギリス」の話を得意そうに読み聞かせようとする大人たちよ!それは自分のことなんだと早く気が付くがいい!!

 もちろん、勤労者ばかりが悪いわけではない。最大の悪者は政府だ!
 政府は、昭和63年から一生懸命あの手この手を使って日本人を働かせなくなることに「寄与」してきたのだ。
 週40時間では飽き足らず、その後、「海の日」「みどりの日」といった祝日を一気に増やし、「ハッピーマンデー」を作り、「ノー残業デー」を奨励し、「仕事と家庭の調和」を唱え、政府主導で「国民よ、働くな!もっと遊べ。遊べ」と、キリギリスになることを推奨してきたではないか!
 その結果、すべての国民に「働かないムード」が蔓延し、今では5時台・6時台の電車は満員だ!

 働かない国、働かない者が豊かであってよいはずがない。神様が見ているに決まっている。だって、イソップ童話が作られたころから、一生懸命働いている者が報われるというのが神様のお告げなのであるから。

 厚生労働省は先日、「将来推計人口」を公表したが、それによると、2053年に人口は1億人を割り、65年には15年比3割減の8808万人になるそうである。働き手の世代は4割減とさらに大きく減る見通しだ。
 それは先のことではなく、すでに人手不足による経済破たんがあちこちで起きている。
 もう一度日本を豊かにするために、今やることは何か、誰でもわかるだろう!
 そう、所定内労働時間を増やすことだ!1日の労働時間を増やし、祝日を減らし、土曜は平日にする。そうして、国民全体に、諸先輩方が作り上げてきた高度経済成長期のような「働くムード」をつくりあげることしかないだろう。

 そう、そこで、我らが愛すべき安倍ちゃんはついに2月24日、立ち上がってこう言ったのだ。

 「最終金曜日は3時に帰宅するプレミアムフライデーに、座禅を組みました。
 慌ただしい毎日ですが、久しぶりに静かなひと時を過ごし、すっきりと落ち着いた気持ちになりました。私はこの後、上野の博物館に行ってみようと思います。」

 ダメだこりゃ!

特定非営利活動法人国際ボランティア事業団 理事長
田園調布学園大学 講師 福島 達也
(平成29年4月)

第155号 さあ映画見て社会貢献しよう!

 先日開催された第89回アカデミー賞では、スタッフが違う封筒をプレゼンターに渡してしまい、最優秀作品賞が『ラ・ラ・ランド』から『ムーンライト』に入れ替わるハプニングがあったのをご存じだろうか?
 大きな話題となっていたが、あのニュースを見た瞬間、いつのオリンピックだか忘れたが、開催地の発表の時、順番に名前を読み上げたのに、最初に都市名が呼ばれた瞬間、決定したと思って喜びを爆発させ、後でがっかりした国を思い出してしまった。
 また、昨年のドラフトでも広島の緒方監督が、当選していないのにガッツポーズをして会場を沸かせ、しかし、間違いだったと気が付いて、ガッカリし、失笑を買うというハプニングもあった。
 いつの時代も、発表というのは難しいものだ(笑)

 さて、アカデミー賞は、ハリウッドを擁するアメリカで行われるということもあり、全世界に知れ渡り、誰もが映画館に足を運ぶという現象が起こるが、もう一方の映画の勲章であるフランスで行われる「カンヌ映画祭」の方は、意外と地味だ。
 実際、昨年のカンヌ映画祭でパルムドール(最高賞)に輝いた作品を皆さんはご存じだろうか?
 まさか、ジブリ? もちろんNOだ。
 昨年の第69回カンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)受賞した映画は『わたしは、ダニエル・ブレイク』という作品だ。
 この作品は、私がこのコラムで何度も伝えているように、世界で拡大しつつある格差や貧困がテーマの社会派映画の傑作だ。
 ケン・ローチ監督がこの作品に込めたメッセージは「誰もが享受すべき生きるために最低限の尊厳」や「人を思いやる気持ち」である。
 人口減が急速に進み、ほとんどの人が貧困になるといわれている日本では、特に見るべき価値があると思っている。

 そして、この映画が大変面白い試みに挑戦しようとしているのだ。
 それは、映画の上映権を保有する30年間、入場者1名につき50円の寄付を積み立て、そのお金で基金を作り、その基金から貧困に苦しむ人々を援助する団体に助成し、底辺でもがき苦しむ人々を救おうということを決定したのだ。
 ただ、映画館に募金箱を置くのとは違い、映画を見るだけで、貧困社会の解決の一助になってしまうという素晴らしいアイデアだと思う。
 その基金が、私が代表を務めている公益財団法人公益推進協会に作られるのだ!(すみません、手前味噌で)
 ということで、私もその一助になっている(?)ことになるであろうから、とにかくこの映画に期待したい!
 さらにいうと、こういう新しい寄付のシステムは今後も広がりそうだ。
 以前から、ジュースを買うと、そのうちの1円が募金されるとか、ペットボトルの水を買うとそのうちのいくらかが環境保全に役立つところに寄付されるという、「コーズリレーテッドマーケティング」という手法はあった。
 これは、製品の売上によって得た利益の一部を社会に貢献する事業を行っているNPOやNGOなどの組織に寄付する活動を通して、売上の増加を目指すというマーケティング手法で、企業の社会的責任を重視したマーケティングの一例だ。
 企業は社会貢献事業への積極的な姿勢を示すことで、その事業への資金を集めることができるだけでなく、企業のイメージ向上や消費者からの評価なども期待でき、NGOなどの組織は資金獲得と活動の認知を高めることが期待できるというもの。
 実例としてはアメリカンエキスプレス社が1980年代初めにカードを使うと自由の女神を修復する事業に寄付されるというキャンペーンを行い、世間から注目を集めたのは、まさにこの手法だ。
 その他にも、マクドナルドがビックマック1個につき1ドルを寄付するといったものや、エイボンによるピンクリボンがついた製品の売上を一定額で寄付するといった例などがある。
 共助社会という意味では、行政だけでなく、企業も責任は大きい。

 そして、この手法。「購入して一部を寄付する」というのが一般的だったが、今回当財団の試みのように「映画を見て一部で社会貢献」というのもとてもスマートな考えだと思う。
 さらに、もっともっとこの分野は進むであろうから、「その音楽を聴くだけで寄付」とか、「カラオケでその曲を歌っただけで寄付」、などに広がっていくような気がする。

 さらにさらに、「歩いてそのエネルギーで寄付」とか「寝ていてその汗で寄付」とか、「しゃべっていてその熱意で寄付」とか、そんなユニークな社会貢献はどうだろうか。

 えっ?
 そんなに言うなら「コラムを書いただけで寄付」しろって?
 いや、みなさん、「私のコラムを読んだだけで寄付」したくなったでしょう~(笑)

特定非営利活動法人国際ボランティア事業団 理事長
田園調布学園大学 講師 福島 達也
(平成29年3月)

第154号 年金支給の隠された真実!

 昔はお店の軒先で、「お兄さん買っていかない?」なんて言われたのだが、さすがに最近は「お兄さん」と呼ばれることはなくなった。もちろん、「おじさん、買っていかない?」とは言われないが、実際は、「おじさん」と思われているのだ。
 そして、そのうち「おじいちゃん、足元に気を付けて」なんて言われるのだろう。だったら「おじさん」と呼び続けてほしいものだが・・・

 さて、それでは、いくつからが高齢者なのか皆さんはご存じだろうか?

 かつては60歳から公的年金が支給されており、60歳ともなれば「高齢者」と言われていたのだが、現在では、年金財政が厳しくなり65歳からの年金支給となっている。
 だから、一般論では65歳から高齢者という場合が多い。

 ところがどっこい、ここにきて内閣府では「高齢者」の定義を70歳に引き上げようとしているというのをご存じだろうか?

 実は、高齢者の定義は個々の法律によって異なっており、公的年金の受給資格を「高齢者」の定義と考えれば「65歳」になるが、道路交通法の「高齢運転者」の定義は「70歳以上」となっている 。また、「高齢者の医療の確保に関する法律」では、「前期高齢者」が「65歳から74歳」、「後期高齢者」が「75歳以上」となっている。ということは、高齢者はやっぱり65歳からか。

 では、政府が高齢者を70歳以上にする意図は何か?

 もちろん、今の65歳はとても若い。アクティブシニアという言い方もあるくらい若いのだ。
 そして、迫りくる深刻な人手不足もあり、前号でもお伝えした通り、兼業や副業を推進しようとする政府は、65歳でリタイヤしてもらっては困るのだろう。
 社会保障費の増大から高齢者の定義を70歳に引き上げ、働き手の確保だけでなく、医療・介護サービスの支給基準を見直し、さらには、今まで年金をもらっていたはずの人たちにも、まだまだ払い続けてもらいたいのである。
 そう、最大の理由は、年金支給を遅らせたいのだ!

 現在の年金制度は世代間扶養方式。現役の保険料で引退した人の年金を作っていて、それで足りずに国が不足分を捻出しているわけだが、1960年当時は11人で1人を支えていたのが、今は2.5人で1人、2050年にはなんと1.3人で1人を支えなくてはいけないのだ。
 いや、その頃は年金がもらえないと思って納めない人も圧倒的に増えるだろうから、1.3人どころか、私の勘だと0.8人で1人を支えるようなものだろう。
 そう、そうなったら年金なんて貰えるわけはないのだ。
 だから、国民が死ぬ直前まで働かせて、年金支給を阻止し、働けない人にはしょうがなく70歳から年金を払うというが政府の狙いなのである。

 だから今年から65歳以上にも雇用保険が適用されることになったのだ。65歳は引退ではなく、新たなる出発。新たなる就職の年なのかもしれない。
 それでも足りず政府は、確定拠出年金(DC)への加入も、個人型の対象が公務員や主婦などに拡大し、企業型も中小企業向けに簡易制度を創設した。
 つまり、年金制度自体はすでに風前の灯で、年金なんてものは、自分で作って自分で払い、それを自分でもらうという時代に突入してしまったのである。
 自分で作って、払って、増やした部分をもらうだけなら、投資とどう違うのか?という疑問を持つ人もいるだろうが、考えても無駄だ。
 昔は「年金」と書いて「年よりにお金を」の略だったが、今は「年よりも金をかせげ」の略が「年金」なのだ・・・(涙;)

 政府がなんで最近「共助」よりも「自助」を使いたがるか、それは、年金が「共助」ではなくなってきているからなのである。
 「自助」そう、年金なんて貯金のようなものなので、誰でももらえなくなるのだろう・・・。実に寂しい・・・。

 それでも、70歳まで年金が出なくても、それまで働けるのであればいいか・・・
 ちょっと、待った!!
 支給年齢が70歳まで引き上げられても、世間は70歳定年制とは絶対にならないだろう。今でも65歳定年制を導入しているのは、ごく一部の大企業や優良企業、そして公務員のみであって、中小企業などのほとんどは、継続雇用の場合、60歳が定年だ。
 そのあとは、嘱託という契約社員のようなものや、パートタイマーとして週3日とか、フルタイムでなく数時間とか、勤務を短縮する形でそれまでの給料の3分の1程度を貰っているのが現実だ。
 ということは、細々と働きながら年金程度の額しか手にできない暮らしが60歳から10年ほど続くというわけだ。さらに、年金が開始されても、自分で払ったお金を手にできるかどうか・・・。
 あまりにも寂しすぎる・・・。

 ある情報によると、2045年度から支給開始年齢が完全に70歳になると予想している。
 今40歳の人が70歳になるころだ。でも、そんな情報は決して流してほしくない。
 私の世代を支えてくれる人がいなくなるではないか・・・
 「自助」いや「じじい助」だ!

特定非営利活動法人国際ボランティア事業団 理事長
田園調布学園大学 講師 福島 達也
(平成29年2月)

第153号 人手が足りないから副業OK??

 先日の新聞で、正社員の副業を容認するよう、企業に対して政府が後押しするというニュースがあった。

 副業や兼業は「悪」という流れから一気に「善」にするというのである。人口減少で人口が半減する可能性がある中、ついに、政府もパンドラの箱を開けようとしている感じである。

 とはいっても、もともと1日8時間で週40時間働くのが正社員の一般的な原則であるから、副業や兼業を容認するということは、帰宅した後に働くことや、土日など休日でも働けと言っていることに過ぎない。これでは「過労死」助長になってしまう気がする。

 人口減の人手不足を補うつもりが、過労死でさらに人口が減ってしまうような気がしてならない。
 さらに、ただでさえ、仕事をさぼってパソコンでゲームをしたり、インターネットで仕事以外のサイトを閲覧しているバカな職員がたくさんいるご時世なのだから、副業や兼業を許可したら、仕事中に副業をするに決まっている。

 そんな職員が蔓延すれば、ますます企業の労働効率は下がり、業績は悪化の一途をたどるだろう。

 政府は、「まさか仕事中に副業をしないだろう」と思っているだろうが、「するに決まっている」となぜ思わないのか、仕事中にさぼっているバカな職員以上に政府の方がバカと思うのは私だけだろうか?

 私だったら、そういう職員には転職を促したり、最悪の場合解雇するだろうから、結局、政府が副業を促したお陰で、職員がカットされるという事態も予想される。まったく意味がない。

 それでも着々とバカな方向に進んでいるようで、まず、今年度中に、企業が就業規則を定める際に参考にする厚生労働省の「モデル就業規則」から副業・兼業禁止規定をなくし「原則禁止」から「原則容認」に転換するらしい。

 さらに、複数の企業に勤める場合の社会保険料や残業代などの指針もつくるというのだ。残業しながら副業や兼業をして、ダブルで給料をもらう職員を防ごうというわけだ。さすがに、そこは政府も気がついたみたいだ。あきれるほどのバカではない(笑)

 ただ、落とし穴は最後の方針だ。「働く人の収入を増やし、新たな技能の習得も促す。」の部分。
 これでは、仕事をさぼって、資格の勉強する人も続出するだろう。

 ではなぜ落とし穴なのか、私がその本音をこっそり教えよう。

 実は、これからの日本企業は、高度経済成長時代やバブル時代と違って、そうそう給料は上がらないことを政府は知っているのだ。
 新入社員が一番リッチで、中高年になるにしたがって生活が厳しくなることを・・・。
 政府から委託を受けた多くのシンクタンクがそれを報告している。私の友人もそこに勤めており教えてくれたので、間違いないだろう。

 もちろん、給料が下がるということではない。月20万円もらって、親元で暮らしている新入社員の余裕資金は10万円ある。
 しかし、中高年で給料40万、50万もらっていても、子供2人の教育費や住宅ローン、親の介護などが重くのしかかり、余裕資金は10万円どころかマイナスになるという計算だ。
 年を追うごとに「リッチ」から「プア」への下降曲線なのだ。

 つまり、「サラリーマンは一生お金持ちになれない」「中高年が一番生活苦」ということを政府はすでに知っているのである。

 だから、政府がサラリーマンの副業や兼業を推進しているのは、寝る暇も惜しんでお小遣いを稼ぎ、中高年での自殺や破産を防ごうというのが狙いなのである。こんなことを知らない大多数の国民を目先を変えて騙そうとしているようでとても怖い。

 さらに、「新たな技能の習得も促す」に至っては、副業や兼業というよりも、倒産や解雇などに備えるためなのである。

 実はあるシンクタンクは、右肩上がりの給料に懐疑的で、お隣の韓国のように30代から40代が給料のピークで、それ以降は下がり始めるようにすべきだと政府に進言しているのだ。実はこの案には多くの議員が賛同しており、そうならないとは言い切れない。

 となると、下がり始めたらやめる人が続出するだろう。そこで、転職しやすいように「新たな技能を習得させておこう」と考えているのだ。

 さて、総理はどう考えているのか。これは新聞にも出ているが、安倍晋三首相は副業や兼業につて「普及は極めて重要だ」との認識を示している・・・とのことである。

 さすが、安倍ちゃん。実に先を見る目がある(笑)

 でも、それでいいの??

 私だったら、人手不足は移民で補い、推進し、生産性や購買力を上げて、経済に強い日本を復活させることが一番大事な政策だと思う。
 治安は多少問題はあるが、空き家もなくなると同時にそこにも安全を守るための雇用が発生するだろう。そして、人口が右肩上がりになり、景気が良くなるだろう。

 つまり、サラリーマンは週40時間働き、あとはスポーツや趣味や地域活動などで余暇を楽しみ、幸せで楽しい人生を送るべきなのだ。オンとオフはあったほうが健康にも精神にも良い。

 さて、あなたは、夜中や休日まで働かそうとする政府と、私の考えと、どっちが正しいと思うだろうか。真剣に考えてほしい。

特定非営利活動法人国際ボランティア事業団 理事長
田園調布学園大学 講師 福島 達也
(平成29年1月)
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